モーニング娘。はなぜ売れたか――ブリッコの系譜とアイドルの歴史
今年、モーニング娘。は結成13周年を迎えました。
初期メンバーの5人は、テレビ東京のバラエティ番組「ASAYAN」で行われた『シャ乱Q女性ロックボーカリストオーディション』の落選組でしたが、その敗者復活戦である『オリジナルCDを5日間で5万枚手売りする』という企画に挑戦し、成功を収めることで、みごとデビューを勝ち取ったのです。
このことはアイドルの歴史上、とても重要なことでした。
80年代――アイドルが「嫌われていた」時代
世の中には「ブリッコ」というものがあります。
アイドルとはなにか?(改訂版)
http://d.hatena.ne.jp/salbun/20100204/1265273811
詳しくはこちらのエントリを読んで欲しいのですが、簡単にいえば、「恋愛における反則技」のことを指します。
この「技」は「男を落とすため」に使われるものですし、「ルックスがいいという先天的な要素」がその成否に大きく関わりますから、「ライバルであるほかの女子(ブリッコが似合わない、並のルックスをしている)」からは、「卑怯だ」と反感を買ってしまいます。
その代表的な現象が、80年代に起きた「松田聖子へのブリッコ批判」だったわけですが、いまや彼女は「女性の憧れ」になっていて、このような批判はめっきり聞かなくなりました。
それはなぜかというと、「ブリッコがメタ化してしまった」からです。
90年代前半――藤崎詩織の登場
かつて「ブリッコ」は「アイドルだけ」に許されていましたが、それは「芸能界」が「現実ではない場所」だったからです。
「アイドル=ブリッコは反則業を使うが、空想の世界のことなので許そう」
このようなロジックが働いてアイドルは否定されずにいたわけですが、おなじ意味でいえば、「マンガ・アニメ・ゲームの世界」というのはうってつけです。
「芸能界」が「半分だけ非現実」であるのに過ぎないのに対し、「ゲームの世界」は「100%の非現実」だからです。
よって「ブリッコ」とその母体である「デートマニュアル」は「ゲームの世界」へと越境していきます。
80年代の現象である「アイドル」に対して、90年代の現象である「それ」は、「デートマニュアルの理解力が試されるゲーム」である「恋愛シミュレーションゲーム」の代表格である「ときめきメモリアル」が94年に発表されたことによって確認できます。
90年代は全体を通して「メタ化」の時代ですから、その中葉に1つの成果としての「ときメモ」が出たことは、だから特筆に値します。
いわば「ときメモ」の藤崎詩織をはじめとする「恋愛シミュレーションゲーム」「美少女ゲーム」「ギャルゲー」「エロゲー」といったコンテンツのヒロインたちは、「二次元に再現されたブリッコアイドル」と言える*1のです。
90年代前半――ブリッコ形而上化の弊害
「ときメモ」は言わずと知れた「コンピューターゲーム」ですが、この登場が意味するものは、「デートマニュアルにおける記号処理(どのパスタにどのワインが合うか、夜景を見ながら言う台詞の正解はどれ?など)の演算」が、もはや人力ではコンピューターに勝てなくなったということです。
よって人々は「デートマニュアルのすべて」を理解することを放棄しました。
ふと冷静になり、「自分のできる範囲でがんばろう」と思うようになったのです。
その証拠が「東京ウォーカー」の創刊で、これは同じ「ぴあ」というデートマニュアル(のデータベース)系の雑誌が、その多すぎる情報量ゆえに「選べない」という批判を読者から受けており、その失敗を受けた角川書店が「選りすぐり情報版・ぴあ」というコンセプトで企画したものでした。
この創刊は1990年ですから、「ブリッコが形而上化」し「デートマニュアル演算がコンピュータに任されはじめた」90年代のスタートを飾る、まさに象徴的なできごとなのです。
これは「コンピューターに触れないタイプのひと」、つまり「非オタク」にとっては朗報であり、雑誌はヒットしたわけですが、「その逆のタイプ」である「オタク」にとっては聞き捨てならないものでした。
90年代前半――アイドルが「無視されていた」時代
オタクの中には「コンピュータに触れないタイプ」、つまり「『ときメモ』をプレイしないタイプ」だって存在したわけですが、その代表である「アイドルオタク」もまた、彼らと同様に「デートマニュアルの象徴であるアイドル」に詳しいわけですから、「デートマニュアルの記号処理の演算」の達人でした。
たとえば「天使のウィンク」と言ったら、誰もが「かわいい女の子が誘惑している」とイメージできるでしょうし、これは「デートマニュアル」に照らし合わせて「『好き』のサイン」だと分かるわけですが、「ピンクのモーツァルト」と言われたって、意味が分からないでしょう。
これらは、いずれも松田聖子のヒット曲のタイトルであり、かつ恋愛の歌です。
よってアイドルオタクは自覚的か否かは別として、「ピンクのモーツァルト」から何らかの「デートマニュアル理解」を導き出していたのであり、それだけ彼らの「演算能力」は高かったということなのです。
80年代のオタクは、その能力をもってヲタ活動をしていたわけですが、90年代、社会の側がデートマニュアルの理解を放棄してしまいます。
「オタク」の中でも「二次元のオタク」は、そのまま、そこ(二次元)に篭っていればいいわけですから、「世の中の非オタク」たちが「デートマニュアル理解の放棄(=ブリッコの放棄)」をしたとしても問題はありませんが、「ブリッコそのもの」である「アイドル」の「オタク」にとっては死活問題です。
いままで「非オタク」が「アイドル」を(好き嫌いは別にして)興味深く眺めていたのは、それが「ブリッコの象徴」だったからで、そもそも「彼らがブリッコを必要としていた」からでした。(松田聖子への批判も、そうした文脈から理解すべきです)
それが一転、要らなくなったというのですから、もう彼ら(非オタク)にとってアイドルは用済みです。
彼らは社会のマジョリティでしたから、結果として、80年代の余勢を駆ってデビューした新人アイドルたちが、次々と失敗して地下(テレビという世論形成の場の外側)に追いやられていったという現象が起きました。
このことから、90年代を「アイドル冬の時代」といいます。
90年代後半――小室哲哉の「アイドル再生工場」
彼女たち「遅れてきたアイドル」は、しばらく「地下仕事」と呼ばれる「テレビ出演以外」の活動を続けたのち、その多くが夢破れて芸能界を去っていきました。
そんな中、「アイドルという身分」を捨てて成功した面々がいます。
彼女たちは「アイドル」ではなく「アーティスト」としてのイメージを押し出し、「私はブリッコではない(=男に媚びない)」というメッセージを歌い上げました。
その仕掛け人となったのが、小室哲哉をはじめとする一連の音楽プロデューサーたちでした。
彼らの手によって「脱アイドル」することで売れていったタレントは、安室奈美恵、篠原涼子、仲間由紀恵、華原朋美、中谷美紀、持田香織(ELT)と、ざっと挙げただけでもこれだけいます。(最後の2人以外、すべて小室哲哉のプロデュースを受けています)
中でも、華原朋美は特別で、プロデューサーの小室哲哉とは公私共に結ばれて、オノロケ、破局、自殺未遂というふうに、たくさんのゴシップを世間に提供しましたが、これはまた別のエントリで見ていくこととします。
90年代後半――「ASAYAN」、その逆転の発想
当時、「テレビに出られないアイドル」のことを総じて「地下アイドル」と言ったわけですが、いまや事情がだいぶ変わってきてしまいました。
AKB48の登場によって「握手会などファンと触れ合うイベントを重視するアイドル」という意味で使われることが多くなったのです。
ここに「テレビへの露出の有無(多寡)」は関係ありませんが、こちらの解釈でも一向に問題はありません。
AKBもまたそうであるように、彼女たち「地下アイドル」は、CDを「握手会や撮影会への参加券」として売りますが、このイベントは「アイドルとファンが直接ふれあう」という性質から、「CDの手売り会」としても機能していたのです。
これに目をつけたのが「ASAYAN」でした。
当時、番組には、お抱えのデビュー予備軍「AIS(アイス)」というのがいまして、その中からメンバーを3人選んで、「Say a Little Prayer(セイアリトルプレイヤー)」というユニット名を与えると、「インディーズCDを10日間で1万枚売れ」という試練を課したのです。
これは大当たりでして、視聴率も取れる、企画も成功するというふうに、いいこと尽くめでしたから、「二匹目のドジョウを狙え」とばかりに選ばれたのが、「シャ乱Qオーディション」の落選組こと、後のモーニング娘。第一期生だったというわけです。
00年代――そして「アイドル」の復活へ
かくして「ASAYAN」とモーニング娘。の活躍によって、いちどは滅びたかに思えたアイドル文化は、息を吹き返しました。
それも小室哲哉のような、表面上の取り繕いなど必要とせず、松浦亜弥(や、そのパロディとしての前田健、はるな愛というおまけまで付いた総体――)のような「純粋アイドル」を再び、陽の光があたるところへ押し上げたのですから、両者の働きはとても重要だったわけです。
ただ、それが「本当に純粋なアイドルかどうか」といったら、じつは留保が必要なものです。
この点に関しては、追って別のエントリで論じていきたいと思います。
ただ1つだけ言っておくなら、「アンチ小室哲哉」としての「ASAYAN」〜つんく♂の仕事も、結局は、「ロックボーカリストオーディション」という「非アイドル生産コンテンツ」のライン上にあるのだということです。