萌え豚っていうな!

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民主党総裁選にみる権力構造のありかた――日本のキングメーカーの系譜

 次の首相が菅直人に決まりそうです。

 思えば、鳩山さんというのは、何かと頭が上がらないひとでしたね。

 家庭では奥さんに頭が上がらず、変なシャツを着せられてしまう。

 実家では母親に頭が上がらず、政治資金を貢いでもらう。

 家の中ではダメだからと党内へ逃げ込むも、今度は小沢一郎に対して頭が上がらないというわけです。

 また「上書き総理」と言われて、会う人、会う人に「仰るとおりです」といって「頷いている(政治的な提案を拒否できない)」そうですから、どこへ行ってもおなじみたいですね。

 あんまり頻繁に「下を向いてる」ので、「鳩山」だけに、まるで「ハトが公園でエサを食ってる」みたいですが、これ以上いじめるのは可哀想なので止めておきましょう。

小沢一郎田中角栄

 さて、その小沢一郎ですが、彼は「選挙の天才」といわれ、さまざまな団体から組織票を集めることに長けていますが、党内政治においても長けています。

 鳩山さんが突き従っていたというのも、一種のキングメーカー的なところがあるからでしょう。

 キングメーカーと言えば田中角栄ですが、彼の場合、その手腕を如何なく発揮したのは退陣後、自民党すら離脱した後でした。

 党内に居ながらにして傀儡を立て、それを首相のポストに就かせる。

 そんな小沢一郎のやり方とは、大きくちがいます。

 しかしキングメーカー人形遣い)と言えば、そもそもが田中角栄のようなものを指したのです。

天皇に対する総理と将軍

 日本の総理は、鳩山さんに限らず、すべてが「天皇から任命される存在」ですから、これは天皇の傀儡政権と言えなくもありません。

 まぁ、これは冗談としても、時代を150年ほど戻せば、江戸時代の天皇と将軍の関係があります。

 将軍の位は「征夷大将軍」ですが、これは「夷敵(いてき/蛮族)」を「征服」するために遣わされた「大将軍」という意味で、もちろん命じたのは天皇です。

 現在使われている地理の「関東・関西」という分け方は、「夷敵との戦いの最終防衛ライン」である「箱根の関所」が重視されたことの名残りなのです。(関所の東=関東、関所の西=関西)

 「幕府」というのにも意味があって、これは戦国時代のドラマなどでよく見る、「将軍が座ってる両脇に参謀が居て、さらに外側にはたいまつ、その向こうには下っ端(足軽など)が居並び、それらすべてを囲んでいる布の幕がある」というときの、「布の幕(幕布)」のことを指します。

 つまり将軍は軍事の担当者であり、その「軍」という字(や侍という身分)から分かる通り「軍人」ですが、それをシビリアン・コントロールしている「文民」こそが天皇だったわけです。

 しかし、ここでも話はややこしくなります。

 天皇のほうが、そもそも幕府の傀儡的な存在だったと言えるからです。 

日本の権力構造の複雑さ

 話はさらに500年ほどさかのぼります。

 歴史の教科書でご記憶と思いますが、「後白河上皇」とか「後鳥羽上皇」という人がいて、これはもともと天皇だったのが、隠居(吉野の山に引っ込む)して政治から離れるところ、いつまでも権力を握り続けたことで知られています。

 これなど田中角栄のやったこと、そのままだと分かりますね。

 しかし、それは朝廷内の話であり、彼らの生きた時代は平安から鎌倉ですから、すでに時代は武士によって実質的な権力が握られる段階に来ていたのですね。

 上皇の話など、いわば野党の派閥争いに過ぎなかったのですよ。

 そもそも天皇の上位性を象徴していたシビリアンコントロールとは、対外的な軍事の話ですが、そんなもの日本の長い歴史の中でも元寇モンゴル帝国襲来)のとき以外、まったく必要なかったのです。

 よって実質的には将軍のほうが偉かったのだと言えますが、名目は、名目。

 いまの日本人に「日本でいちばん偉い人は?」と聞けば、「総理大臣」と答えるひとと「天皇」と答えるひとが(たぶん)半々であるように、当時も、この2つは並び立っていてこそ日本を治めることができたのです。

 こうして見ていくと、日本という国はどこまでいっても「権力の主体」がはっきりしないものだと分かりますね。

小泉純一郎キングメーカー(第二の田中角栄)になり得たか

 いずれにせよ、ここまでに挙げた人物はみな巨大な権力を持っていて、それを何らかの形で間接的に行使していたという点で一致していますが、近年、これにもっとも当てはまり「そうだった」人物が小泉純一郎です。

 彼の首相時代の支持率の高さは、日本人なら誰もが知るところでしょうし、その人気は国会議員を引退したいまでも続いています。

 しかし彼の場合、派閥争いのエアポケットにたまたま入ってしまったがために総理のポストが回ってきたという経緯から、中央に傀儡を立てて外から操るといったことが出来ないのは明白でした。

 よって今後も、彼が表舞台に出てくることはないでしょう。

 まぁ、息子が傀儡だといえばそうかもしれませんし、直接に指示がなくとも、親子だから結果として同じ理念を持つということもあるかもしれません。

 いずれにせよ、「傀儡とその操り手」ということばは、もはや田中角栄のいた自民党のラインではなく、民主党のラインへと移ってしまい、その象徴が小泉の首相就任だったと言えるのです。

翻って、民主党政権

 菅さんに関しても小沢一郎とのつながりが示唆されており、やはり21世紀のキングメーカーは彼なのかなという気がします。

 小沢さんの場合、民主党の権力を握っているというよりは、自民党の戦後的なスキーム、つまり55年体制へのアンチテーゼを誰よりも知り尽くしているから強いのだと言ったほうがよく、それをいまもっともうまく表現できるフレームが民主党だったため、今はたまたまそこにいるということなのでしょう。

 自民党を出て自由党を立ち上げるなど、彼の政治的な来歴を見る限り、まさか民主党に骨を埋めるという気もなさそうですしね。

 逆にいえば、小泉政権55年体制の総決算としてあり、それが自動化するほどに浸透していたからこその”エアポケット”だったのでしょう。

 小沢さんの支配力は、これへのアンチテーゼですから、小泉待望論の消失とともに消えるものと思われ、民主党の力もそこまでが限界なのではないでしょうか。