萌え豚っていうな!

萌えヲタのことを萌え豚となんの根拠もなく言うのを止めさせることを目的としたブログ。自分で言うことも含む。

久住小春論(1)小春はミラクルエースか?

 05年05月01日、小春は「モーニング娘。オーディション2005」に、たった1人合格します。

 そのとき、審査のテーマとして掲げられていた「モーニング娘。のエースを探す」ということば、また彼女の審査映像を見てつんく♂がもらした、「これミラクルちゃうん?」ということばも相まって、加入からしばらくの間、彼女は「ミラクルエース」と呼ばれていた時期がありました。(メディアでは前のめりに、ファンダムでは中立的にといった形で)

 しかし、加入してすぐの小春の活動は、あまり芳しいものとはいえず、それ以前に唯一の例であった小春とおなじ”ただ1人の合格者”後藤真希のそれは言うに及ばず、直前の6期メンバーが、すぐさまレギュラー番組「ハロー!モーニング」で頭角を現したのとはちがって、しばらく燻っていたといえるでしょう。

 ”ミラクルエース”というのは、狼などのファンダムにおいて、そのことを揶揄するフレーズとして使われており、筆者の印象では、小春自身のヘラヘラしたキャラクターと妙に相まって、マヌケな印象さえ効果してきたように思います。

 そんな小春に転機が訪れたのが、アニメ「きらりん☆レボリューション」の主役に抜擢されたときだったわけですが、これによって小春は”ミラクルエース”として認められたといえるのでしょうか。

 言い換えるなら、その活躍は”モーニング娘。のエースとして、グループ全体に還元されるもの”なのか、それとも”小春というタレント個人にのみ関わるもの”なのかということです。

 前者ならば、確かに小春は”モーニング娘。のミラクルなエース”といえることになるでしょう。

 このことを特定する手がかりがあります。

 それは小春が、「完璧なアイドル」であり、それによってアイドルグループであるモーニング娘。に貢献しているということの考察となります。

ハロモニ@」で見せた素の小春?

 これは何か確たる証拠があっていうのではないのですが、女性アイドルとは、たいてい男性に対しては、あきらかに”幻想を売っていますよ、わたしは別世界の人間ですよ”と振る舞い、それとは逆に、同性に対しては、わりと素に近いところで接するというのが常識だったように思います。

 このとき前者は”ぶりっ子”と称され、あたら批判の的となってきたわけですが、小春においては、どうも様子がちがうようです。

 07年11月18日放送の「ハロモニ@」において、番組視聴者である素人の女の子にドッキリをしかけたときのことでした。

 これは「きら☆レボ」の新しいキャラクターをメンバーが考え、その名前を視聴者から公募するという企画において、当選した女の子の家へ赴くというものだったわけですが、小春は、まさか本人が来るとは思っていない状態で取材を受けている少女の部屋にサプライズとして突入したさい、「みんなーっ!こんにちわーっ!」と言ったのです。

 この直前に、小春は別室でなかの様子をうかがっており、そこで「いちばん好きなモーニング娘。のメンバーは?」と聞かれた少女が、「久住小春ちゃん」と答えているのを見ています。

 また、ほかにいるのは新キャラのデザインをしたメンバーの道重さゆみ、それからスタッフと少女の母親だけで、放送されたものを見る限り、小春のファンは少女1人だけでした。

 つまり、ここで小春が相手にすべきなのは、少女1人だけだったわけです。

 なのに小春は「みんな」という複数形を使った。

 これも放送では確認がとれませんでしたが、こうした番組企画の常として、少女の名前は、小春にも伝えられていたと思われます。

 ならば「○○ちゃん、こんにちわ!」とか、あるいは名前を使わないまでも、その子をピンポイントで驚かせようという意図に従って、もっとなにか適切な言いまわしがありそうなものでしょう。

 ましてや同性の、しかも子どもなのです。

 これが年ごろの男子や年配者という異性ならば、まだ分かります。

 さまざまな理由から、それらの相手と距離を置きたい気持ちが芽生えたとしても、不思議はないのです。

 相手である異性や苦手そうなものから距離をおくという意識が、呼びかけである二人称を、相手が特定できてしまう単数という形ではなく、ぼやかす意味のある複数形になって採用させる(=目の前にいる相手が緊張感を強いてくるので複数化をする(あなたorキミ→みんな)ことによって、それを和らげようとする――)というのならば分かる。

 しかし先述のように、筆者の経験からいえば、こういうときのアイドルは、ふつう少女に抱きつくぐらいのことはするはずなのです。

 例えば、「ベリキュー!」の『Berryz工房罰ゲーム編その(1)』において、カッパのきぐるみ(パジャマ?)を身にまとった愛理が登場したさい、その場にいた桃子が、それを見つけるなりすぐさま抱きつきにいったということがありましたが、このとき、もし桃子が小春の立場にいたとしたらどうでしょう。

 少女に対して、同じように距離を詰めた、あるいは少なくとも、複数形二人称の採用はありえなかったといえないでしょうか。

 そうだとすると、小春の冷めた感じがわかろうというものです。

 ちなみに筆者の見立てによると、この少女はふつうの女の子だといえ、とくに桃子が、あるいは一般的なアイドルが接触に躊躇うことはないと思われます。

 すると、上記のシチュエーションにおいて、少女に一切ふれることがなく、以降、無言で見つめるだけだった小春(――むしろ、一応プロのくせに、素人の少女に対して、リアクション待ちをしているぐらいのところがありました。ちなみに、その沈黙を打ち破ったのは、「いちばん苦手なメンバーは?」の質問に名前を挙げられてしまったさゆの、「ダメだ。ぜんぜん (少女が)さゆみのこと見てくれない」の一言でした。そんな小春――)は、

 単数である少女に複数形で呼びかけもしたということによって、特定のファンを前にしながら、そいつのみを贔屓するのではなく、自分のファン全員をそこに重ねることで公平な態度を取るという冷静さを、よくも悪くも持っていることが意味されると思います。

 むろん、この企画は「きら☆レボ」がらみなので、小春には「久住小春」であるのみならず「月島きらり」というアニメキャラを演じていた部分もあったわけで、それが相手に小春の立場の公共性を意識させた(――かつてローマ帝国では、複数の役職を兼ねる貴族や王族に対して、市民は二人称を複数形にする習慣があったといいます。これはその逆のパターンでの発露であろう…って考えすぎか――)という部分はあるはずです。

 そして小春は事前に少女の口から「(Q:好きなメンバーは?)A:久住小春ちゃん」と聞いている(――これは放送に乗っている――)わけで、自分が「きらり」「小春」のどちらの人格を演じるべきかは、かなりブレていたはずなのです。

 そうした戸惑いの中から出てきたという観点からいっても、ここにはかなり彼女の素が出ていたと考えてよいでしょう。

パーフェクトアイドル小春

 小春は、おそらく男性が相手でも、このように客観的な振る舞いをするのだろうと思います。

 たとえば、それはモーニング娘。が頻繁に握手会を開くようになったとしても、ヲタの1人1人を固体識別するのが苦手そうな感じだといえば通りがいいと思いますが、彼女には良くも悪くも、男女や老若といった形での分け隔てがないのでしょう。

 これぞ、完璧なアイドル的振る舞いといえないでしょうか。(――むろん、ある側面でという注釈は必要です。この限定を解き明かすのが、今後の筆者の課題です)

 このあたり、「きら☆レボ」なんかをやっていて、どっぷりと浸かった女の子趣味の象徴のような小春が、ちゃんと男性ファンのハートをも掴んでいるということの説明になります。

 具体例を挙げれば、写真集の水着のショットが加工されて、「いつも小春でオナニーされてるから/いつか赤ちゃんできちゃうかも…」というキャプションがついた状態で、あぷろだに画像が出回っている(2nd写真集の白い水着のやつ)という事態の説明になるでしょう。

 こうして男女をともに相手するというのは、なにも小春にのみ言えることではなくて、狼のユーザーが男性メイン、飼育では女性がメインで、それが羊だと半々になる(?)というように、モーニング娘。ベリキューの置かれた状況が、そのような振る舞いをメンバーに求めるような支持層を含んでいるという点から、小春がするような振る舞いはハロプロ全体にも求められることとなります。

 つまり、こうした中でアイドルをする人間にとっては、異性・同性のどちらか一方だけに媚びを売る、あるいは売らないといった偏った姿勢が最善とはいえないことになる。*1

 相応しいのは、媚びを売るにせよ売らないにせよ、どちらにも公平に接するという態度、あるいは、そのようであるとファンに印象付けるキャラクターを見せるということであり、この点で小春はうってつけだといえるのです。*2

 そして、これが先ほどの問いに対する答えとなります。

 つまり、”モーニング娘。のエースである比類なき優秀なアイドルとして確かにグループに貢献している”という点から、小春は”ミラクルエース”の名に相応しいのだと。

 また、この優秀さはハロプロ全体にも掛かるから、小春は”ハロプロのエース”だともいえます。

Milky Way

 よって彼女の振る舞いを見習うべき存在の最たるものであるエッグ(見習い)から選抜メンバー(北原・吉川)を出して、彼女らに小春とMilkyWayを組ませたというのは、誰の一存かは知りませんが、スタッフの正しい決断だったといえます。

 また、この点はつんく♂主導ではないユニットとしてミニモニ。(矢口がつくった)とMilkyWayの相似を思わせるものであり、ハロプロとは、どうやらつんく♂の預り知らないところで女児にアピールするという機能が備わっているらしいこともわかります。

 ただし小春の場合、アイドルらしいのはその存在ではなく振る舞いといえるので、存在=偶像=アイドルではなく、行為(――「アート」の語源はラテン語の「アルス(ars)」。アルスには、「自然の配置」「技術」「資格」「才能」という意味があるという点から、偶像)よりは行為)に近いということで、俗に言うアイドル・アーティストの分類によれば後者なのだろうと考えられます。*3

*1:だから℃‐uteの女性限定イベントを、ヲタは懐疑すべきです

*2:もし先の℃‐uteの女性向けイベントが、参加する・しないは別として、女性のヲタにとって辛いものであった、つまらないものであったというのなら、それは男女共に℃‐uteが媚を売らなかった企画だといえるから、否定の必要はないでしょう

*3:他には、非ハロプロですが、自らの行為=計画によってメディア上で処女を象徴的に喪失した(こりん星キャラを捨てた)という点から、小倉優子もアーティスト=行為者の側に分類されるべき存在です。(詳細は別項します)