アイドルとはなにか?(改訂版)
一口にアイドルと言ってもいろいろです。
ザ・ビートルズのように性別を問わず愛されたロックバンドや、「IDOL(偶像)」という本来の意味に沿ったもの、つまりいくつもの人種から支持された宗教的なイコンなどが挙げられるのですが、ここでいうアイドルとは”日本における意味”でのものす。
お見合いの時代から、恋愛の時代へ
この国には、かつてお見合いという文化がありました。
これは男女が第三者を介して出会い、愛を育んでいくというシステムですが、大正デモクラシー、そして戦後アメリカ化の流れの中で廃れてしまい、自由恋愛にとって代わられました。
この理由としては、お見合いが相手を選ぶ権利を当人たちに与えなかったのに対して、自由恋愛はその名のとおり自由に選べたため、時代の気風に乗ったのだと説明されてきました。
この考えに筆者は真っ向から反対します。
なぜなら、そこには「強制」があったからです。
デートマニュアルの登場
1970年代末、いくつかの雑誌が創刊されました。
「POP-EYE」「HOTDOG PRESS」「OLIVE」といった若者の風俗を扱ったもので、これらに共通しているのが「デートマニュアル」という企画を載せたことでした。
これは男女が知らず知らずのうちにやってしまう失敗(たとえば「デートプランの確認で上の空だった男性が、相手の話を聞いてない」とか、「不満なことがあっても口に出さないため女性が気分屋に見られてしまう」など――)や、逆に成功例を提示して、読者のデートがうまく行くよう「しぐさ」や「選択」をハウツーにしてみせたものなのですが、若者たちには半ば強制として映っていたはずです。
その証拠として存在するのが「ぶりっこ」です。
ぶりっこの誕生
マニュアルとは理論ですから、訓練を積めば完璧に反復することが可能ですが、実際の恋愛には不確定要素があります。
特にルックスがそうで、持って生まれたものが大きいため、これはマニュアルの効果を大きく左右したはずです。
ここで1つ断っておくと、筆者の手元には雑誌の現物がありませんし、あったとしてもあまりに数が膨大です。
また雑誌以外にも、口コミなどで生まれ、浸透したものもあるでしょう。
よってここで参照は行いませんが、女性による「首かしげ」「鼻に掛かった声」「重たいものを持てないフリをする」などの行為は”男に媚びている”とされ、この国ではタブー視されてきたはずです。
おそらく「持って生まれた資質によって大きく効果が変わるしぐさ」だと大衆が感じたためでしょう。
よって「誰もが反復練習によって同じ効果を発揮できること」しか載せてはいけない性質を持つマニュアルからは省かれてしまったのだと考えられるのです。
しかし、これが絶大な効果を発揮してきたからこそ批判されもしたのでしょうし、批判されるということは、つねに行うものがいたということです。
「自由恋愛のハウツー」としての「デートマニュアル」は、あくまで補助のはずです。
なぜ負け戦と分かっていながら、世の女性たちはそれに従ってきたのでしょうか。
答えはマニュアルの中にあります。
「おいしいレストラン選び」「夜景のきれいなホテル選び」「いま流行のプレゼント選び」など若者のデートには、つねに資本の動きが伴っていました。
これをして恋愛資本主義*1というわけですが、このレベルにまで話が広がってしまうと、もはや若者には太刀打ちができません。
ましてや資本は、そんな若者を「新人類」などさまざまに呼び、囃し立てましたから、デートマニュアルは若者に強制力として働いていたと言うことができるのです。
そんな中、せめてものカウンターとして放たれたのが、「あの子ぶりっこよね」という批判のことばだったのでしょう。
恋愛の架空化
「ぶりっこ」は、いわばサッカーでいうオフサイドのような役割*2を果たしていました。
「ゴールへ向かっていくスポーツ(フットボール)」において、「それを妨げるルール」である「オフサイド」は、はっきりいって矛盾そのものですが、「『しぐさ』によって恋愛を勝ち抜けと、社会から若者(女性)たちに義務付けられたレース」における、「必勝法だが禁じ手」としての「ぶりっこ」も、また同じなのです。
よって、これが消えずに残っているという事態には、何らかの言い訳(解釈)が成されなければいけません。
このために要請されたのがアイドルでした。
アイドルはあくまで擬似恋愛の対象です。
つまりは「この世であってこの世ではない世界」における恋愛の対象なので、担い手や消費者にとって、どうとでも好きに従わせるべきルールが定められる相手なのです。
「この世界」での「ぶりっこ」は禁止だが、アイドルは「住む世界がちがう」のでOKにしよう。
こうした論理展開によって、おそらくアイドルは生まれたのだと思われます。
つまり「アイドル」とは「デートマニュアルの破棄できなかった副産物」なのです。*3